八幡西区則松地区
2008年10月1日開設
1 高見神社 2 大野勘右衛門墓石他 3 中央四国12番 4 中央四国30番
5 陣ノ原横穴群 6 瀬板の森公園 7 宝篋印塔他  
1 高見神社

祭神 速玉之雄神
    事解之雄神
由緒:天正9年(1581年)に、市ノ瀬の鷹見神社をを勧請したのがはじまりです。

参道 拝殿と本殿
拝殿の天井画1 拝殿の天井画2
文化2年の祠等 庚申尊天と明治16年の庚申○
2 中央四国札所と大野勘右衛門墓石
 中央四国第69番札所となっている則松観音堂があります。

 境内には、寛永19年(1642年)86歳で亡くなった大野勘右衛門と寛永15年(1638年)に亡くなった息子の勘太夫の墓石があります。
 大野勘右衛門は、黒崎城主であった井上周防之房の与力で則松村の代官を務めていました。寛永15年(1638年)、島原の乱で戦死した二人の息子を弔うため、この地に小庵「松月庵」を建てました。小庵は、その後正願寺となり大正元年に折尾へ移転しました。そして昭和30年に大野家の墓も正願寺へ移転しましたが、旧墓石はここに残っています。
 
全景 墓石の全景
大野勘右衛門の墓石 大野勘太夫の墓石
3 中央四国第12番
 中央四国第12番と刻まれた石碑が建っています。
4 中央四国第30番札所

 中央四国第30番札所となっているお堂があります。本尊は、阿弥陀如来です。
 また、隣接する墓地内に板碑が1基あります。

5 陣ノ原横穴群
 横穴群は、標高13〜15mの丘陵に8基発見されました。横穴は、いずれも単室で玄室・羨道・墓道・前庭部から構成されていました。遺物は、土師器・須恵器・滑石製の勾玉・ガラス丸玉等で6世紀後半から末に築造されたと考えられています。  
昭和56年に行われた発掘調査の状況
6 瀬板の森公園
 瀬板の森公園は、三菱化学株式会社の前身である日本化成工業株式会社が工業用水の貯水池として昭和13年に完成させた瀬板貯水池及び周辺の森を活かした自然体験型の公園として、平成9年に整備されました。公園の面積は、約24.9haで、「水の丘」「花の丘」及び「こどもの丘」の3つのテーマにそって整備されています。 
南側入口 貯水池
貯水池のコンクリート提体 日本化成工業の境界石
7 宝篋印塔と江戸墓
 墓地の中に古い江戸時代の立派な墓と宝篋印塔の一部が祀られていました。
参考文献等
北九州市史 (先史・原始) 昭和60年12月10日発行 北九州市
北九州の史跡探訪 昭和61年1月15日発行 北九州史跡同好会
北九州の史跡探訪 平成2年9月1日発行 北九州史跡同好会